6時間歩いたカルチャーナイト(Culture Night)2014-No.3 Mounjoy Square

皆さん週末はいかがでしたか?

金曜日私は会社を休みました。有給が一日か二日残ってると思い込んでいたので、会計士に金曜日休むと言ったら、

「ティファニー、君は有給はもう一日も残ってないんだけど。」

え???嘘やろ???

と思ってスケジュール帳で休んだ日を数えたら。。。

もうあらへんわ。

ということでUnpaid Leaveにしてもらいました。もう体が休みの態勢に入ってたから今更会社に来るのがいや~だったわけです。それを友達に言ったら

「ずる休みね。」

との指摘が。違うと(今でも)思っている私。

さて、そんな私が金曜日何をしたかというと、昼間は街へ出て買い物。一度家に戻り、その後カルチャーナイトのイベントに参加しました。天気が怪しかったんですけどね。

今回はBさんが一緒に行こうと誘ってくれたのでかなり嬉しかった私。たまたま用事がなかったイタリア人のANさんも参加。去年は一人だったのよ~。(その記事書いてませんでしたね。そのうち載せます)

まずはBさんが行きたいと言っていたところへ最初に行くことに。

MOUNT 1
No.3 Mountjoy Square

ここはダブリン北、Mountjoy Square(マウントジョイ・スクエアー)という場所にあります。

MOUNT 11
No.3は左手にあります。

MOUNT 12
マウントジョイ・スクエアーの公園です。昔はスクエアーの住民だけがカギを持ち、入れましたが現在は誰でも入れます。小さい綺麗な公園です。


マウントジョイはジョージアンハウスが立ち並ぶスクエアー。昔はお金持ちがたくさん住んでいたそうだ。ダブリンではここだけです、スクエアーが本当にスクエアーなのは。

1787年から1812年に建てられたマウントジョイ・スクエアー。No.3にはいろんな人が住んでいましたが、最後に住んでいたのがWalter Cole(ウォルター・コール)氏。

WALTER 1
この方です。

1866年、アイリッシュの両親を持つリバプールに生まれ。1890年にダブリンに戻り果物の卸売り商売を始めました。その後No.3に家を買い移り住んだそうだ。

まず家とウォルター氏の軽い説明がありました。

MOUNT 2

ウォルター氏はアイリッシュ文化やカルチャーが大変好きだったそうです。そしてシンフェイン党を1905年に立ち上げたArthur Griffith (アーサー・グリフィス)を助けた人物でもあったそうだ。かなり政治にも深く関わっていた人物だそうですが、全く聞いたこともなかったのでこれは勉強になった。この家で数回Dail(ドイル)も開かれたそうだ。マイケル・コリンズもここへミーティングに来ていたそうですよ。

20分ほどの説明の後家を見学。ちなみに現在はDublin Adult learning Centreとなっている。

MOUNT 3
階段が綺麗です。

MOUNT 4
2階からの風景。マウントジョイパークが目の前。綺麗です。

MOUNT 5
いい仕事がしてありますねえ。


MOUNT 6
天井も。

MOUNT 7
ジョージアン・ハウスの特徴の一つ。

マウントジョイの建物はすべて5階建てです。地下にも部屋がありますので。先日ブログでご紹介したジェームス・ジョイスのThe house of the Deadと同じつくりです。上の階に行くほど部屋の天井が低くなり、綺麗な模様(Plaster work)もなくなり簡素になります。

最上階まで上がったわけですが、現在は学校。綺麗に使われていましたが、ウォルター氏が使っていたものが一つも残ってないんです!そのためがっかりしたANさんが一言。

「一般公開するのならウォルター氏が使っていたものを展示すべき。ないのなら公開するべきじゃないわ。」

ごもっともなんですよ。しかしなぜないのか???理由はこうです。

ウォルター氏の2番目の奥さん(40歳年下だったとか?)がウォルター氏が亡くなると家にあったものすべてをオークションにかけ売ってしまったからなんです!

若い嫁は金目当てだった???

売って儲けた金で日本へ旅行したらしいですよ!!!しかも子供が二人あったそうですが、ボーディングスクールへ入れたままだったらしい!

若い嫁はやることが大胆だった???


とにかくだ。その後この家も修道女に売られ、地方からダブリンに働きに来る女性たちを泊める施設に使われていたそうです。そしてその後現在の学校になったというわけです。

昔お金持ちが住んでいたマウントジョイも景気が悪くなったためお金持ちが去ったそうだ。1900年の初めからはテネメント(Tenements)になり、家がぼろぼろだったらしいんです。現在ほとんどの家が綺麗に立て直されており、家の大半はアパートになっています。ここのスクエアーはアイルランドの映画、Onceの舞台にもなっていましたしね。

しかしこのあたりはちょっと道を入ると治安が思わしくないんです。夜中一人でふらふら歩かないようにしてくださいね。そういえば昔このスクエアーに住んでいた日本人の女の子が夜中彼氏とベンチに座って目がうつろになっていたのを友達と見てびっくりしたの思い出したわ。そんな夜中に歩いていた私たちもどうかしてたけどね。


ANさんがやたらにがっかりしたとやたらに言っていましたが。。。気持ちはわかる。でもね、例えばダブリンにある建物って今は何もないけど昔○○さんが住んでいましたといって公開するパターンがちょくちょくある。

でも私はそれでもそういう場所を訪れるのが好きなんです。想像するんですよ、昔○○さんが住んでいて、この部屋で有名な本を書いたやらね。それだけでもちょっとわくわくするんです。

歴史が好きという人はそういうことを想像できる人でもあると思います。

当時ウォルター氏が住んでいたときの写真が少し見れます。どうぞ。http://www.thedrawingroom.info/3mountjoy


文句たらたらの(!)ANさんとBさんとでツアーの最後は地下にあるカフェへ。

MOUNT 9
みんな手作りよ!

でもお金を払うと知らなかった私たち。というか、言われなかったんですよ。お茶していってちょうだい~とだけしか。それを聞いたBさん。自分はコーヒーだけオーダー。ケーキとコーヒーをANさんと私分おごるという行動に出て私たちを怒らせました。

MOUNT 10
ブラウニーとグルテンフリーケーキ&ショートブレッド。意外とうまかった。

次のグループが来るからカフェから出て行ってください!といわれ追い出された私たち。次の目的地は???外に出たら雨が大粒!どうするやい。

続きは明日に。。。


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ティファニーカイリー

Author:ティファニーカイリー
人口1万人、サルやイノシシ、野良犬がうろついているような日本の田舎町から6年半勤めた地元金融機関を辞め、両親と愛犬とむ(2012年1月23日他界)を置き去りに、英語の勉強+大ファンのU2に会うべく、アイルランドはダブリンに到着したのは1999年9月25日。

語学学校へ9ヶ月、コンピーター学校へ2ヶ月通うも仕事が見つからず帰国。

仕事したさにダブリンに2か月だけ舞い戻ったつもりが、友達だったフランス人のおかげで運良く仕事が見つかり,ダブリンに居座ることに。

CIMA(英国勅許公認管理会計士)休学中(というか断念)。現在はイタリア就職を夢見てダブリンでイタリア語勉強中。アイルランド人の親友であるAちゃんが相続したNorthsideのお家に野良猫一家(母、娘&息子猫)とともに居候中です。

Press&Mediaの方はt.kylieroi40s@gmail.comへお問い合わせ願います。それ以外の方のメールのご使用は固くお断り致します。

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