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偉大な父と、「50 First Dates」な母

2019.04.12.19:50

一か月ほど前、とうとう手術&入院代がいくらかかったか、そしてVHI(医療保険会社)がいくらカバーしたのか、詳しく示された明細書が来ました。

結果、25,000ユーロ以上。


日本円で300万以上ということになる。

A&Eの分も数日後に来ました。

結果、870ユーロ以上。

日本円で10万円以上ということになる。

高っ!!!

でもこれがアメリカだったら。。。もっととんでもない金額になっていたであろう。何人かに実際そう言われた。アイルランドで良かった、ということになるのだ。

実際、医療保険でほぼすべてカバー。病院に払うお金は16ユーロほどとなった。しかし、まだその請求は来ていない。


海外の医療費は高い。(勿論国による)


緊急手術が決まった際、すぐに兄嫁Uさんに電話。兄はまだ仕事で電話を取ってくれないのはわかっていたし、彼女の方がこういう時には頼りになる。彼女と話した後、父と話をした。

病状を説明。今から手術だというと、父は電話口で驚き、そして焦っていた。もちろんである。次にこう言った。

「お前、金あるんか?」


やはり費用を心配していた父。もちろんである。海外の医療費は高額だという頭があるからだ。

保険でいくらかはカバーすると思うから、何とかなると思うと言うと、

「心配せんでもええ。(お金が)足らんかったら、お父さんが出したる。」

82歳の父は今でも偉大だった。

そしてその後、どうやったら送金できるのか心配していた。それはいま心配することではないし、私がわかってるから大丈夫だといい、何とか安心してもらった。気が動転していたんだろう。しかし、父の優しさが伝わって、私は泣きそうになった。

こんなこともあった。

私はアイルランドに来ることにした時、父に会社を辞めてアイルランドに行くと言ったら、えらいショックを受けていた。今回と同じだった。

しかしそれも数分。その後、「そうか。わかった。」と言い、怒ることもなく行かせてくれたのである。


2005年に病気をした時、癌かもしれないという疑いがあり、それを病院から泣きながら父に電話報告。すると、

「まあ、がっかりせんと、帰っておいで。」

この一言で、父のありがたさと偉大さが身に沁み、余計に泣いたことを覚えている。


ある日、兄嫁Uさんがこんなことを話してくれた。

お正月、実家に帰った兄嫁Uさん。しかし実家で3人で大ゲンカしたらしい。そのため早くうち(私の実家)へ帰ることになった彼女。(うちの兄一家は両親と同居。まるでウサギ小屋よ!家が超狭いから)早く帰ることになってしまったのですけど、いいでしょうか?と聞いたらしい。すると、

「何言っとる?○○町(私の実家)があんたの家やで。遠慮せずに帰っておいで。」

この一言で救われたそうだ。


さて、では母はどうか?

母はあまり細かいことにこだわらないし、心配性でもない。父はその逆。兄は母に、私は父に似ているのである。

そんな母は痴呆症。

徘徊はしないし、トイレも一人でできるし、お風呂も一人で入れるし、服も一人で着ることができる。こちらが指導すれば、料理も出来るのである。家族一健康でもある。それはきっとストレスがないからであろう。そのため現在自宅住まい。ラッキーだとしか言いようがない。

要は新しいことが脳に記録できないだけなのである。

父はうんざりなので、「この間も言ったやろ!」と怒鳴り返している。

怒鳴っても無駄なのはわかっているのだが、止められないのであろう。一緒に住んでいれば尚更である。イライラが頂点に達するのであろう。

私もそうだったのです。しかし現在は違います。


こちらに来てから毎週土曜日に実家に電話している。

電話するたび、ほぼ毎週私が手術したことを覚えていない母。手術したと言うたび、毎回驚き、隣にいる父に報告。そして怒鳴られて終わりという、まるでコントが電話口で繰り広げられるのである!

それを電話口で聞いていて、笑いをこらえきれなくなるのだ!そして毎週私は"まるで映画「50 First Dates」やん!"と思うのである。



映画は面白い半面、真面目でもあるし、実際こういう人はいる。うちの母は痴呆症という病名が付いているが、この映画の主人公ルーシーとほぼ同じではないか!

偉大な父に、「50 First Dates」な母。

私は素晴らしい両親のもとに生まれたと思っている。


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ティファニーカイリー

Author:ティファニーカイリー
人口1万人、サルやイノシシ、野良犬がうろついているような日本の田舎町から6年半勤めた地元金融機関を辞め、両親と愛犬とむ(2012年1月23日他界)を置き去りに、英語の勉強+大ファンのU2に会うべく、アイルランドはダブリンに到着したのは1999年9月25日。

語学学校へ9ヶ月、コンピーター学校へ2ヶ月通うも仕事が見つからず帰国。

仕事したさにダブリンに2か月だけ舞い戻ったつもりが、友達だったフランス人のおかげで運良く仕事が見つかり,ダブリンに居座ることに。

CIMA(英国勅許公認管理会計士)休学中(というか断念)。現在はイタリア就職を夢見てダブリンでイタリア語勉強中。アイルランド人の親友であるAちゃんが相続したNorthsideのお家に野良猫一家(母、娘&息子猫)とともに居候中です。

Press&Mediaの方はt.kylieroi40s@gmail.comへお問い合わせ願います。それ以外の方のメールのご使用は固くお断り致します。

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