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蘇る!アイリッシュ・ウイスキー・ちょっどだけ近代史編

2020.09.23.12:26

さあ、今日は久々のウイスキーネタに戻りますよ!

ウイスキー生産5大国と言えば、

アメリカ

カナダ

スコットランド

アイルランド

そして日本!(サントリーのウイスキーは本当に有名よね)

でも消費している国トップはなんと、

インド!!!

誰が思いました???

インドでウイスキーって。

インドでは飲まれているだけでなくたくさん作られているんだそうですわ。

でもインド物はEUの規定「穀物を原料とする蒸留酒を木の樽で熟成させたもの」ではないため、

ヨーロッパの市場には出回っていない。

サトウキビ由来のモラセスという砂糖を原料から精製する時に現れる副産物(廃糖蜜)からできているかららしい。

なるほどね~だから知らんかったし、

インド産のウイスキーなんて見たことないはずやわ。


ちなみにウイスキーの英語の綴りは普通、

Whisky。

でもアイルランドでは、

Whiskey。

"e"が入るんです。

それはスコットランドのウイスキーと区別するためだと聞きました。

日本の英語のテストでは"e"は入れない方がいいかもですね。

ただ、間違いではないですよ!

実際私はいつも"e"入れて綴ってるし、

それが世にまかり通っているのも確かなので。


世界的にブームになっているウイスキー。

では、アイルランド産のもので一番売れているウイスキーは?

一番売れ筋はジェムソンだそうだ。

IMG_1109.jpg

やっぱりって感じがするなあ。

アイルランドでウイスキーと言えばジェムソンってすぐ頭に浮かぶもんなあ。

そんなウイスキーですが、

過去にたくさんの蒸留所が存在し、

世界の60%のウイスキーを生産していたGolden yearsがあったり、

(余談ですがこちらはデビッド・ボウイのゴールデン・イヤーズと言う曲です)


不遇の時代もありました。

1910年代から20年代、

スコットランドは世界的にも有名なブランドになっていたんですが、

アイルランドでは、

不況、第一次世界大戦、イースター蜂起、独立戦争、市民戦争、

そして蒸留技術の進歩の受け入れに積極出来出なかった(column still・コラム・スチルにすると生産高が上がる)などの影響もあり、

蒸留所は生き延びるのに必死。

30年代に入ったら第二次世界大戦に法律規制。

結局蒸留所のほとんどが消え去ってしまったらしい。


ダブリンで言えば現在のギネス工場のあたりはリバティーズ(Liberties)と言われており、

この辺りは昔、(たしか)32の蒸留所が存在しており、

ウイスキー天国やったそうな。(と私が勝手にそう呼んでいるだけです。悪しからず)

4年ほど前、

ダブリン・リバティーズ周辺の元蒸留所を歩くっていうツアーがあったんですよ。

しかもこれが無料やったんだなあ!

2時間半歩いて回ったツアー。

ここには○○蒸留所があって…と説明してもらうんですけど、

それが結構そこら中にあって面白かったんです!

今でもその面影が少し残っているところもあれば、

すっかり取り壊されてアパートになってたりで悲しくなることもありましたけど。

それっきりそのツアーはもうやることはなかったのが残念でしたが。。。


しかし最近また盛り上がってきているようなんですよ、ウイスキー。

WHISKY 1

Irish Whisky Associationによれば去年の12月の時点で31の蒸留所があるとのこと!

1900年以来の盛り上がりなんだそうな。

しかし!

実際にウィスキーを市場に出しているのはそんなに多くないんです。

要はウィスキーとして市場に出すには、

3年は眠らせてないとウィスキーとして世に出せないと言う規定があるから。

だから蒸留所が多いけれども聞いたことがない蒸留所が多いんです。

ただこれから徐々に世に出てきますよ。

近い将来、競争率が高くなりますね。

ダブリンには私が知る限り4か所蒸留所があり、
(ジェムソンはダブリンではウイスキーを製造しておりませんので数に入れてません)

現在彼らのウイスキーはマーケットに出回っております。

その中の二つのツアーに行ってまいりましたのでご紹介したいと思います!

お楽しみに~。


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ティファニーカイリー

Author:ティファニーカイリー
人口1万人、サルやイノシシ、野良犬がうろついているような日本の田舎町から6年半勤めた地元金融機関を辞め、両親と愛犬とむ(2012年1月23日他界)を置き去りに、英語の勉強+大ファンのU2に会うべく、アイルランドはダブリンに到着したのは1999年9月25日。

語学学校へ9ヶ月、コンピーター学校へ2ヶ月通うも仕事が見つからず帰国。

仕事したさにダブリンに2か月だけ舞い戻ったつもりが、友達だったフランス人のおかげで運良く仕事が見つかり,ダブリンに居座ることに。

CIMA(英国勅許公認管理会計士)休学中(というか断念)。現在はイタリア就職を夢見てダブリンでイタリア語勉強中。アイルランド人の親友であるAちゃんが相続したNorthsideのお家に野良猫一家(母、娘&息子猫)とともに居候中です。

Press&Mediaの方はt.kylieroi40s@gmail.comへお問い合わせ願います。それ以外の方のメールのご使用は固くお断り致します。

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