新しい橋の名前、決定

最近ちょっと寒くなってしまったダブリン。

今日初めてスカーフ巻きました。

週末はヒーター入れました。

いつもなら朝から入ってるオフィスのクーラーのスイッチが今日は入っていませんでした。


そんなダブリン、オコンネルブリッジの横で工事をしている橋のことをブログに書いたことがありましたが、覚えていらっしゃいますか?

IMG_3058_201309090355453f5.jpg
              ルアスもバスも車も人も通るようになる橋。

この新しい橋の名前の候補をブログに書きましたが、9月2日のお昼に橋の名前が発表になりました。

その名は、

Rosie Hackett Bridge.(ロージー・ハケット・ブリッジ)

あ~ブラム・ストーカー・ブリッジにならなかったのか~と残念に思ったのですが、決まったものは仕方がない。

ではロージー・ハケットさんとはいったい誰???

名前から女性ってことだけしかわからない。認識ゼロ。
Aちゃんに聞いても「誰それ?」状態。アイルランド人の中にも彼女の存在を知らない人はたくさんいると思う。

ということでちょっとネットで調べてみました。

ロージー・ハケットさんとはこんな方です。

RosieHackett 1
               1892年、ダブリン生まれ。(ねっとより)

RosieHackett 2
    オコンネルストリート横、アビーストリートに住んでいらしたそうな。(ネットより)

ロージーさんは労働組合員。Irish Woman Worker's Unionの創設者メンバーで活動家。

RosieHackett 3
               ロージーさんとメンバーの皆さん。(ネットより)

1911年、ジェイコブズ・ビスケット・ファクトリーのメッセンジャーをされていたそうです。

jacobs-ireland 1
   大昔のジェイコブズ・ビスケット!(ネットより)

jacobs-ireland 3
              現在。私の大好物だ。(ネットより)

jacobs-ireland 2
            ジェイコブズで働く女性の皆さん。(ネットより)

当時の従業員の労働条件はかなり悪く、(ジェイコブ・ビスケット・ファクトリーだけではなかったのですが)彼女が女性従業員のためプロテストをオーガナイズされたそうです。

プロテストは成功し、女性たちの労働条件が向上したそうだ。当時の彼女はまだ18歳!!!すごい行動力、そして信念の持ち主だ。なかなかできるもんじゃない。


それだけではない。アイリッシュ・シチズン・アーミーにも参加、1916年のイースター蜂起にもかかわり、キルメイナム刑務所に収容されていたそうです。

IMG_3443.jpg
ロージーさんが参加したグループが占拠したRoyal College of Surgeons。(セント・スティーブンスグリーンのルアスの駅の横にあります。)

共和国樹立宣言(1916 Proclamation)を印刷した小さいグループの一員でもあったそうですよ。


ロージーさんを知ったら、彼女の名前が橋の名前になってよかったと思いました。それにリフィー川にかかっている橋で女性の名前はたぶんこの橋だけですもんね。女性の名前の橋があってもおかしくない。

でも今なぜロージーさん???と思った方。

ロージーさんは労働組合員だと先ほど書きましたね。

一番上の写真の中央に移っている大きい高い建物はリバティーホールと呼ばれているもの。この建物はServices, Industrial, Professional and Technical Union(SIPIT)のもので、200,000人の組合を持つ労働組合だ。

1913年、Lockout(ロックアウト)つまり工場閉鎖という大きな出来事がダブリンでありました。

悲惨な労働条件で働いていた当時のダブリナーたちがストライキをしたのです。でもこれはストライキではなくロックアウト。規模が違いました。

その中心になった人物が、この人。

IMG_3052.jpg
      オコンネルストリートにそびえたつ銅像、Jim Larkin(ジム・ラーキン)

今までこの像を見ても何ぜあるのか、誰なのかわからなかった方、たくさん見えでしょう。ダブリンではヒーロー的存在なのです。


ということで今年は1913年のロックアウトから100年にあたります。

新しい橋がロージー・ハケット・ブリッジになった理由はたぶんここから来ているのでは?と私は個人的に思います。


ということで、今週は「100周年、1913Lockout」と題してロックアウトに焦点を当ててみたいと思います。(緊急ネタ発生の場合は中断します)

私の知ってる限りで簡単に書くのでたいした記事にならないですが、ガイドブックに載っていないこの大きな出来事からダブリンの歴史を学ぶいい機会。

ダブリンはギネス、アイリッシュミュージック、イースター蜂起とU2だけではありませんよ。

歴史なんてどうでもええ!面白いネタ出せ!という方、当分見なくて結構ですよ。歴史に興味がない方には大変退屈な記事になりますから。。。


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No title

日本(関西)も暑い日がまだあるといっても、空気はもう夏ではないです。しかし今年、日本の夏は酷暑でした。。。だから、こう秋晴れが続くとホッとします。

橋の名称も決まって良かったです。由来となった人物もなかなか奥が深いですね。ダブリンをこよなく愛する人達によって名づけられたんでしょう。ステキ!!

ロックアウト記事楽しみです。どの国、町にも歴史はありますよね。それを知ることでそこに住む人への理解も深まる。ダブリンの歴史知りたいです!!

Munchkinさんへ

ほう~空気が日本も秋なのですね~。あの猛暑は一体。。。って感じですか?うちの母もちょっと涼しくなって喜んでいました。アイルランドも涼しいです。冬にすぐ突入ですわ。夏が懐かしい。。。

投票したのがカウンシルの人たちなんですけど、1913年のロックアウトを忘れないためにもつけた気がしますね。素敵ですよね!

ロックアウト、大雑把ですが書きますので読んでください。退屈するかもですが!!!
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ティファニーカイリー

Author:ティファニーカイリー
人口1万人、サルやイノシシ、野良犬がうろついているような日本の田舎町から6年半勤めた地元金融機関を辞め、両親と愛犬とむ(2012年1月23日他界)を置き去りに、英語の勉強+大ファンのU2に会うべく、アイルランドはダブリンに到着したのは1999年9月25日。

語学学校へ9ヶ月、コンピーター学校へ2ヶ月通うも仕事が見つからず帰国。

仕事したさにダブリンに2か月だけ舞い戻ったつもりが、友達だったフランス人のおかげで運良く仕事が見つかり,ダブリンに居座ることに。

CIMA(英国勅許公認管理会計士)休学中(というか断念)。現在はイタリア就職を夢見てダブリンでイタリア語勉強中。アイルランド人の親友であるAちゃんが相続したNorthsideのお家に野良猫一家(母、娘&息子猫)とともに居候中です。

Press&Mediaの方はt.kylieroi40s@gmail.comへお問い合わせ願います。それ以外の方のメールのご使用は固くお断り致します。

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